社長:若島基京雄のこと

<社長・若島 基京雄(わかしま きみお)>

本名:若島 貴三夫(わかしま きみお) 二児の父 健康おたく 合気道に夢中

輪島漆器大雅堂株式会社社長:若島基京雄

輪島漆器大雅堂株式会社社長   若島基京雄

 

全国を行商して歩いた祖父・父は、旅先で大変可愛がって頂き、現在でも祖父・父を知るお得意さまが多数ございます。

祖父・父は、「物がなくても売る」達人 営業マンでした。
お客様の前で輪島塗の器の仕上がりのイメージを、すらすらと絵に描いて見せ、仕上がった見本が無くても注文を取りました。器の形や色、蒔 絵・沈金の模様まで、その場で細かくうち合わせができ、仕上がった品は、大変お喜び頂いたそうです。

私もそうなりたいと、自己流ながら勉強し、輪島の技法の全てを頭にたたき込み、
お客様の求める物のイメージを形にしたい、と思っています。

現在は、器物の 形から、蒔絵・沈金の図案までお客様のご要望に合わせ、
自分で作図して制作にあたります。

頭の中で見える仕上がりの姿を、木地師から蒔絵・沈金師に細かく 指定し、
喜ばれる、そして末永く愛して頂ける輪島塗を生み出していきたいと考えております。

輪島漆器商工業協同組合 監査
石川県輪島漆芸美術館 友の会 事務局長
合気道 奥能登合氣会 会長

若島 基京雄のあゆみ

遠いむかしの事で、忘れていることも多いです。
思い出したら、また、書き加えます(令和3年2月)

迷子
保育所行って間もないころ、三輪車を買ってもらって、うれしくて、うれしくて、ドンドンこいで道を行きました。
どこへ行こうかという目的もなく、とにかく、こぐことがうれしい、ただそれだけでした。
ここはどこ?氣がつけば、全く知らない漁師町にいました。
首から下げた袋に名前と住所が書いてあったそうで、連絡がきたそうです。
家では上を下への大騒ぎで親戚中で捜してくれていたそうです。
親の心、子知らず。
申し訳ございませんでした。ありがとうございます。


保育所のお泊り旅行会で金沢ヘルスセンターへ行きました。
そのころ、動物園もあり、そこには大好きな象がいました。
今でこそ、深い堀と柵で隔てられていますが、むかしは、小さな象舎に簡易な柵があり、象は鎖でつながれていました。
小さい私は、柵なんてあってないようなもの、スルスルッと抜けて象の足元まで入って行きました。
象の足を撫でて本当にうれしかったものです。
しかし、まわりは大騒ぎです。
子供が象の足のところにいるということで、おかあさんはもちろん、象を見ていたお客さん達、飼育員さんなど、みんな慌てふためいて大パニックだったようです。
私はそんなことにも氣がつかず、また、スルスルッと柵を抜けておかあさんの所へもどりました。
めでたしめでたし。
その後のことは、記憶にございません。

土下座
小学校のころ、ピチンコというYの字の針金にゴムがついていて小さな石を飛ばすものがありました。
今では、スリングショットといって凄い破壊力のあるものもありますが、私のものは、駄菓子屋さんに売っているおもちゃでした。
近くのお寺の杜へ入って、的を作って走り回りながら撃っていました。
遊んでいると、野良犬とよく遭遇しました。
そんな時は、近くのお墓の上に登って立ち、来るなーといいながらピチンコで犬達を撃っていました。
ある日、ピチンコを持たずに杜を歩いていると、バッタリと野良犬軍団に会ってしまいました。
近くに登るお墓もなく万事休す。
ジリジリと軍団は寄ってきます。
どうしようもなく、手立てのなくなった私は、咄嗟に正座して「申し訳ございませんでした。もうしません。許してください。」と野良犬軍団に土下座して心から謝りました。
そうすると、この思いが通じたのか、軍団はスッと振り返って去って行きました。
心の底からの思いは御犬様にも通じるんだと、心から感謝しました。
世界広しと言えど、犬に土下座した人間は私くらいしかいないでしょう。

ハゼ
秋になると輪島の川に釣竿がたくさん並んだものでした。
ハゼを釣るのです。
釣る前に下準備があります。
近くの養豚場へ行って、豚のうんこの海を板を渡しなが進んでいきます。
よさそうな所で豚のうんこを木の棒でほじくります。
何をしているかって?
ハゼの餌になるミミズをとっているのです。
少し掘るとミミズが何匹も出てくるので棒を箸のように使って捕まえていきます。
これを誰に教わったのかは、全く覚えていません。
渡した板も私の体重で偏りが生じて傾いたりすると、底なし沼のようにズズズズッと沈んでいってしまいます。
板が沈み始めるとジワーッと板の端の方からうんこがせり上がってきます。
そうなると大変です。慌てずゆっくり急いでそっとバランスよく戻ります。
ツッカケを履いているので滑ったら足についてしまいます。ズボッと入ろうものなら大変なことになってしまいます。
ある意味命がけでした。
投げ釣り用の竿とリールや錘などは買ってもらいましたが、しまいには、自分で投げ竿を作りました。
枯れた竹にガイドとリールの留め具を糸やタコ糸でグルグル巻きにして、巻いた糸全体に接着剤を塗るようにつけて完成です。
オリジナルは格好良くて自慢の逸品でした。
ある日、バケツいっぱいにハゼを釣ったので「やったー!一番やー!」と思って褒めてもらおうと全部家に持って帰りました。
そうすると、褒められるどころか「そんな汚いもん持ってきてどうするげー!と一括されシュンとなりました。
当時の川は下水も全く完備されておらず、生活排水が垂れ流しだったのです。
それからは、釣った魚はその場でリリースすることにしました。
でも、ハゼの天ぷら、、、食べたかったなぁ~

夜釣り
今でこそ、子供には「一人で釣りに行くな!」とか「夜釣りに行くな!」と言っていましたが、私の子供のころは一人でよく出かけました。
河口のよく釣れる堤防の先端へ我先にと走って行ったものです。
夜は大人しかいない堤防でしたが、一人、小学生の私も混じって釣っていました。
初めてアジが釣れた時は、うれしくて、たった一匹釣っただけなのに急いで家へ帰って焼いてもらって食べました。
本当においしかったなぁ~

バビル二世
子供のころ、すごく憧れたものがありました。
超能力少年バビル二世です。
トランプを伏せて番号を当てたり、針を持ち出して「サイコキネシスだー!」と言って体中に力を込めていました。
まあ、たいして当たりもせず、動きもしませんでしたが、、、、。
でも、岩のような石から飛び降りたり、塀の上を歩いたり、友達と「来たかー!」「来た来た!丸やろ!」とか言ってテレパシーごっこをして楽しんでいました。
どうして私には超能力がないんだろう?と思っていましたが、ふと氣がつきました。
超能力を持っていて、怒りに任せてこの野郎なんて思ったら、相手が怪我したり、もしかして死んでしまうかもしれない。
何事にも腹を立てず、いつも澄んだ水のように心がきれいでないと超能力は身につかないんじゃないかと。
子供なりに、そう結論付けたのです。

屋根のぼり
屋根は心落ち着く氣持ちのいい素晴らしい場所でした。
昼は日向ぼっこ、夜は星を見て楽しんでいました。
そんな頃、アダムスキー型UFOとか葉巻型UFOなどの話が木曜スペシャルという番組でチャラチャーン チャラチャ チャラチャーンと盛り上がってやっていました。
私は、今でもそうですが、「宇宙人いる派」でした。
地球人の私たちも他の星から見たら宇宙人なわけで、私たちが存在することこそ、宇宙人がいるという証拠だと思っていたからです。
星を眺めながら、「いや、待てよ。あの星100個分ほどの大きさのUFOが星々そのまんまの感じで飛んでいたら、誰にもわからんぞ!」などとわけのわからないことを思いながら、空の端から端まで夜の更けるのも忘れて見ていました。
星座には全く興味がなく、ただ、ただ、星を見ていました。
事件があるようでないのが普通ですが、、、、。
あったのです!
学校から帰って屋根にのぼって、空を見ていると、空に浮かぶ菱形の物体を発見したのです。
屋根から降りて隣の空き地に出て、「なんだなんだ!でっけー!」と言いながら見ていました。
その時、姉もいたように思います。
そのあとその物体がどうなったのかは残念ながらしっかり覚えていません。
スーッとさらに上空へ飛んでいったように思います。
今でもあれはUFOだったと思っています。

塀のぼりと竹馬
ブロック塀に登るのが好きでした。
高いブロック塀の上を端から端まで歩くのです。
地面が遠く見えても全く怖くありませんでした。
今なら足がすくむと思います。
今思うと落ちたら死ぬなというようなところを歩くのが好きでした。
しかし、塀の上を行ったり来たりしているうちに、同じところだけじゃ面白くなくなってきました。
そんな頃、テレビで金属のパイプで作られた竹馬の宣伝がでていました。
おとうさんにテレビの竹馬をせがんだら、なんと、山から竹を切ってきて竹馬を作ってくれました。
二本の竹の節の高さが揃うところに角材を二本当てて縄紐で縛って完成です。
釘で角材を打ち付けると高さを変えられませんが、縄紐で縛ると節の高ささえ合えば色々の高さに調節できました。
おとうさんの子供のころはそうやって作っていたそうです。
私には目標がありました。
「高い塀と同じ高さで歩きたい!」です。
先ずは、作ってもらった竹馬で一生懸命練習しました。
すぐ乗れるようになり、少しずつ角材を高くしていきましたが、塀の上の高さまでには合わせられませんでした。
しかたなく、今度は自作で竹馬を作ることにしました。
山へ行って竹を切り(思う高さの節が同じになるように切ります)、おとうさんに作ってもらった竹馬の角材を使って縛れば完成です。
塀の上に立ち、竹馬を前傾にして乗ります。
慣れてきて、余裕がでてきて、周りが見えてくると、一歩一歩、歩くごとに変わる景色の全てがすごく新鮮で光って見えました。
本当に氣持ちがよかったです。

つづく。

あゆみ:輪島漆器大雅堂株式会社のこと